「しなければならない」ことなど何ひとつない

「それはどうして?」と自分の内にたずねて、書き出して見ましたか。
どんな答えが自分の内から出てきたでしょうか?

  • だってそういうものだから
  • 親にそういわれたから
  • そうしないと世間に認めてもらえないから
  • そういう風にSNSで言っているから
  • そうしないと生きていけないから

もし上記のような答えが多ければ、それは自分ではなく
知らぬ間にうけつけられた他人の価値観を
自分のものだと勘違いしているのかもしれません。
思い込みなのですね。

「こうあるべき」などみんなが同じ価値観だなんてことはありえません。
80億人それぞれの個性があるのですから。
みんなそれぞれでいいのです。
その枠から自由に外れていいのです。
1対99になってもいいのです。

「~しなければならない」ことなど何一つありません。
自分が本当にしたいことだったら、「~しなければならない」という言葉ではなく
ほかの言葉を使うはずですよね。

本当はやりたくないけど、それをしなければならない。
なぜならそれをしなければ<親が、世間が、常識が。。。>
そう思っているならば、自分よりも他人の意見を優先して取り入れているということです。

自分は嫌だけれども、「~しなければならない」
その選択をしているのは、自分だということにまず気が付きましょう。

そして「しなければならないことなど何ひとつない」ということを思い出しましょう。
その選択をしなくてもいいのです。

でもそんなこと言っても。。。
生活しなくてはならない。
生きていかなければならない。
と思うかと思います。

それならばここで思考の転換です。
どうせ同じことをするならば、「しなくてはならない」思考ではなく
「できたらいいな」に変換してみましょう。

頑張ることができたらいいな。
面倒をみることができたらいいな。
生活をすることができたらいいな。
生きていくことができたらいいな。
結婚出来たらいいな。
貯金ができたらいいな。
やせられたらいいな。

そうすると、ちょっと心に余裕が生まれるのですね。

「しなければならない」と思っていると、自分を追い詰めます。
出来なかった自分を責めます。自分を否定します。
そしてそのちっちゃな粒の自己否定はいずれ大きな山となり、いつか崩れます。

「できたらいいな。でもできなくってもいいけどね。」と思っていると
自分を責める必要が無くなってきます。

「~べき」「~しなければならない」は思考グセなので
そう思ったときに、少し立ち止まって、これは発想の変換だ!と変えていく。
気が付くことがまず一歩です。

ここでもまた、出来なかったときに自分を責める必要はありません。
癖がまた出ちゃった!とただ認め、受け容れて、変換して言ってみる!

そして「次はできたらいいな!」です! あはは!

幸せのシャンパンタワーは私から!
そしてあなたから!
Knus fra Nobue !